砂をそっと両手で持っていると保たれるが、握りしめると砂は手の上をすべり落ちていく
タイトルは、
赤いレオタードでおまるにまたがります(@omaru_uwabaki)さん
の言葉。
略さずに書くと、次のとおり。
「細かい砂をそっと両手で持っていると保たれますが、握りしめると砂はどんどん滑り落ちていきます。なにかを持っていようとするならば、それに対してあまり思い入れを強くしてはいけないのかもしれません。」
ちょっといい言葉過ぎて、TLで出くわして不意に胸が打たれてしまった。
自分はこの言葉を恋愛の文脈で読んだのだけど、結局、男女の「好き」ってなんなんだろうなあなんて考えてしまった。
恋愛なんていうものは、煎じ詰めれば遺伝子に組み込まれた本能的な欲求で、どういうレベルで相手のどこがどう好きだ、とかいうことに意味などないのではないかと常々思ってしまう。
そういう意味ではすごく冷めてる。そして絶対に相手に飽きるし、逆に飽きられる、ということを(幸か不幸か)信じきってしまっている。永遠なんて信じない、と。
一方で、それが本当は永遠を信じたい、永遠に憧れている自分の裏返しの感情なのではないかと思いもするのだ。思いもする、というより、まあ事実そうなんだけど。
いつまでも出逢った頃のような二人でありたい。
そのために以下を意識してみる。
・あまり頻繁に会わない
・美しくあることに努める(まずは脱オタク)
・会っていない時間を大切にする
漠然としすぎているが、書き続ける体力が失せてしまったため本日はここまで。
文庫『ノルウェイの森』下巻P132より
僕はある画家をインタヴューするためにニュー・メキシコ州サンタ・フェの町に来ていて、夕方近所のピツァ・ハウスに入ってビールを飲みピツァをかじりながら奇蹟のように美しい夕陽を眺めていた。世界中のすべてが赤く染まっていた。僕の手から皿からテーブルから、目につくもの何から何までが赤く染まっていた。まるで特殊な果汁を頭から浴びたような鮮やかな赤だった。そんな圧倒的な夕暮れのなかで、僕は急にハツミさんのことを思い出した。そしてそのとき、彼女がもたらした心の震えがいったい何であったかを理解した。それは充たされることのなかった、そしてこれからも永遠に充たされることのないであろう少年期の憧憬のようなものであったのだ。僕はそのような焼けつかんばかりの無垢な憧れをずっと昔、どこかに置き忘れてきてしまって、そんなものがかつて自分の中に存在したことすら長いあいだ思い出さずにいたのだ。ハツミさんが揺り動かしたのは僕のなかに眠っていた<僕自身の一部>であったのだ。そしてそれに気づいたとき、僕は殆ど泣きだしてしまいそうな哀しみを覚えた。彼女は本当に本当に特別な女性だったのだ。
(文庫『ノルウェイの森』下巻P132より)
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初めて会ったとき
ものすごく優秀な人なんだと直感した
初めて会ったときというのは面接のときだった。
僕は22歳で、彼女は27歳だった。
うまく思っていることを言語化して伝えられない、表現できない自分がもどかしかった
そしてそのもどかしさは、まるで洗っても洗っても落ちないある種の汚れのように、5年が経過した今なお僕という存在にこびりついている。
当時は図書館にこもって専門書に向かう時間が長く、人とコミュニケーションをとる機会がほとんどなかった。
大学という場所は、一人でいようと思えばいくらでも一人でいられる。
それが許される場所なのだ。そういう環境のなかで、当時の僕は、22歳成人男性に求められる最低限度の社会性(そんなものがあるとして)すら持っていたかどうか怪しい。
それでも僕は訥々と話し続けた。
なぜその理念に共感したのか、なぜそれをしたいのか。
面接は合格だった。
それからあっという間に3年が過ぎて僕は学校を卒業して、そのまま地元企業に就職した。
学校を卒業するまでの3年間、僕はその場所で働いた。
貴重な経験をたくさん積ませてもらった。
今の会社に就職してもうすぐ2年が経とうとしている。
「会社員」も少しは板についてきた(と自分では思っている)。
そして僕は、昨日、突然の結婚報告を受ける。頭を思いっきり殴られたような痛みが走って、僕は冒頭の引用のように、僕の心を震わせたものの正体を理解した。そのとき僕はほとんど泣き出してしまいそうだった。
一度失われてしまったものの多くは二度とかえってこない。
しかしそれと同時に、失うと同時に、僕らはその喪失から何かを得ることがある。
というより、何かを得たと思わなければ喪失に耐えられないのかもしれない。
一つの喪失から教訓のようなものを汲み取り、来る喪失に向けて準備すること
あるいはそれくらいのことしか僕らにはできないのかもしれない。
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夜は明ける。
喪失、人生の震え、存在の証明
21歳から24歳にかけて、とてつもなく惹きつけられた人がいた。
25歳、26歳と、学校を卒業したあとも、折に触れて僕はその人のことを考えないわけにはいかなかった。
その人が結婚することになった。その人にとって当然ながら身近な存在であり、僕にとってもまた身近な存在である素敵な男性と。
今日3/6(日)の正午過ぎに、結婚の報告を告げるメールが届いた。
黙っていて申し訳なかった、と。ようやく二人を取り巻く環境に変化が訪れて皆さんに報告できる運びとなった、と。
寝耳に水、というのはあるいはこういうことなのだと僕は思った。
まず僕はそのメールを読んでフリーズした。事態をうまく把握できなかったためだ。次に僕は笑うことにした。笑って祝福しなければいけない気がしたからだ。笑ってしまえば、それに続いて喜びが訪れた。僕は思わず立ち上がり、「うっそだろ!まじかよ!まじかよ!うっそだろ!うっそだろこれ!やった!おめでとう!!結婚、おめでとうございます!!!!!!!!」と叫んだ。26歳会社員が子どものように興奮して叫んだ。
それはとても不思議な感覚だった。
相反する感情が混ざり合ってできた喜びとも悲しみともつかない、ふわふわとした奇妙な感覚だった。どちらに転べばよいかわからないままただ心がバランスを失っていた。初めて経験する感情、といっても過言ではなかったと思う。
26歳にしてまだ自分の知らない感情というものが自分の中に眠っていることに気づかされたのだ。
思いを伝えたわけではない。
思いを通わせたかったわけではない。
男女の関係をある意味では超越したような関係であったのだから。
にもかかわらず、僕はある種の深い喪失感にさいなまれている。
しがない26歳会社員は、今、深い喪失感に襲われている。
彼女は自分にとって憧憬の対象だった。
手で触れた瞬間に消えてしまいかねないほど、稀有で繊細な、憧憬の対象だった。
だから僕はある時から彼女ではなく、彼女の婚約相手にばかり話し(仕事の報告)をするようになった。
それ以上彼女と接していたら、自分を抑えきれなくなるとわかっていたからだ。
彼女の方でも薄々とは何かを感じ取っていたかもしれない。
けれどそうした判断が正しかったのかどうかは今となってはわからない。
ただ僕は、彼女が自分に対して持ってくれているささやかだけれど確かにあったであろう信頼を損ないたくなかったのだ。
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…人生であと何回、こういう思いをしなくてはならないだろうかと想像してみる。
たぶん、親が死んでしまったときにこういう思いをするだろう。
それはきっと今自分が感じている喪失感とは決して等価ではない深さも重さも異なる喪失感であろう。
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人生が震える、という表現が適切かどうかはわからない。
そのような表現が許されるのか僕にはわからない。
でも今日の出来事は、自分としてはそう表現するよりほかないのだ。
人生が震えた。
自分は何をやっているんだろう。
自分は、何をやっていたのだろう。
彼女にした宣言があった。
その宣言を聞いて彼女は渋い顔をした。
「それで生活していけるかはまた別の問題だ」と彼女は言った。
事実その通りだと思う。
でも僕は今となっては自分の夢をつかむために、
自分を走らせるしかないのだ。
そうでなかったら、あのときのあの我慢が報われないじゃないか。
今日も午後から23:30まで会社に行ってきた。
でも僕はこういう働き方をするために今の会社に入ったんじゃない。
僕は働くために生きているんじゃない。
いちばん大事なものが見えていなかった。
でも、今日、僕の人生を震えさせてもらって、やっと思い出しました。
僕は僕の夢をかなえます。